9月第四主日、残暑も和らぎ、さわやかな秋風が吹く一日でした。礼拝メッセージはイザヤ書49:13-16から。イザヤが預言した通り、イスラエルはバビロン軍によって町が崩壊し、多くの民が捕え移されていきました。絶望の淵に立たされたイスラエルに、神は告げられました。「天よ、喜びの声をあげよ。地よ、小躍りせよ。山々よ、歓喜の声をあげよ。」耳を疑うような神の慰めと救いの宣言でした。でも、人々は目の前の現状に意気消沈し、素直に喜べずにいました。神は自分たちを見捨てられた、忘れられたのだと。そこで神はご自身の愛を示すために二つのことを言われました。一つはたとえ母が自分の乳飲み子を忘れても神は私たちを忘れないこと、もう一つはご自分の手のひらに刻むほどに私たちを愛しているということです。イエスさまの十字架の傷跡はまさしく神の愛の現われです。この方を信頼する者は失望することがない、この信仰に立って歩んでいきたいものです。