『もし今日が人生最後の日なら、自分は何をするだろうか…』スティーブジョブスがある大学の卒業式で行ったスピーチの一言です。私も50歳を過ぎた頃から、あと何回礼拝でメッセージができるかを考えるようになりました。過去の説教原稿も全部残しているので、同じ説教箇所に当たると、過去の自分の未熟さと再会することになります。今もそれほど変わってないのかもしれませんが、もし成長しているのだとしたら、主の憐れみと未熟な牧師の説教を17年間も聴き続けてくださった教会のおかげです。最近は一緒に教会生活を送ってきてくださった兄姉の中にも高齢になるにつれて礼拝に通いにくくなっている方もいます。教会は年配の兄姉のこの先のことも具体的に考えて行かなければと思わされています。同じ主の日は二度ときませんので、今日が地上で一緒に献げられる最後の礼拝だとしたら…と思って、講壇に立ち、ベストを尽くし、交わりを持っていきたいと思います。