昨夜は中秋の名月。思わず「天は神の栄光を語り告げ。大空は御手のわざを告げ知らせる。」の御言葉を思い出す夜でした。そして、今日の水曜祈祷会。ローマ1:18~「不義によって真理を阻んでいる人々のあらゆる不敬虔と不義に対して、神の怒りが天から啓示されているからです。」同じ天を見上げるのでも、今朝は身の引き締まる思いがしました。『怒り』とは『神の裁き』(終末的審判)を表す言葉です。人間は、自然の美しさを思うと同時に、その造り主に思いを馳せなければなりません。罪の本質は、何か犯罪を犯すことではなく、神を認めず、神を神としてあがめないことです。私たちはこの世に生まれてから、何もかも当たり前ではない現実の中を、自分の力で生きてきたのではなく、神によって生かされてきました。神は義しい方ですから罪に対しては厳しい裁きを下されます。と同時に、神は愛なる方ですから神を求める者には全き赦しをお与えになるのです。