今日の水曜祈祷会はⅡ列王記6:24~。サマリヤは、大飢饉が起こる中、アラム軍によって完全に包囲され、深刻な食糧難に陥っていました。それは女たちが自分の子どもを煮て食べようとするほど…想像を絶する極限状態でした。ある女の訴えに、王は思わず「主があなたを救わないのなら、どのようにして、私があなたを救うことができるだろうか。」と、まるでこの状況は神の責任だというような返事をしています。王の口から『主よ、どうか民をお救いください』という言葉はありません。それどころか、この責任を神の人エリシャへと向けて「これは主からのわざわいだ。これ以上、私は何を主に期待しなければならないのか。」と、こんなにひどい仕打ちを受けて、その神に期待などできるかという感じです。詩篇62:8「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。」この国難の中で慌てふためく王とは違い、「自分の家に座って」主を信頼し続けるエリシャの姿が印象的でした。